2010年 10月 24日
すべての経験は宝物だから
d0140135_14414340.jpg みんな、おはよー!茨城県土浦市に、発達障害のある長男をアメリカで教育し、日本では医師にも見放された将来を大きく開花させた田中友安さん(91)澄子さん(86)夫妻のお話しです。全財産を投じて渡米し、多くの人に支えられて大学院まで進むことができた息子のお返しにと、澄子さんは1985年に国際福祉交流プログラムを設立しました。両国間の福祉や文化を学び合い友情を深めようと活動する一方、障害児のいる父母たちに勇気を送り続けています。澄子さんが長男の実さんを出産したのは当時、友安さんが教えていた九州大学の付属病院。誕生後なかなか乳首に吸いつけず、やっと飲めるようになったころ母乳が不足してミルクに切り替えると、今度は哺乳瓶に吸い付けなかったのです。格闘すること約1カ月、次は離乳食が飲み込めず四苦八苦…1歳3カ月でやっとビスケットのかけらがのどを通りました。その後の身体発達も8カ月で首が据わる、16カ月でお座り、5歳で一人立ち、26カ月で歩行ができるなど標準より遅れが見られましたが、知能指数は正常に発達していました。2歳4カ月で長い文章の言葉を話したり、3歳ごろから一人で遠くまで出かけては戻ってくるなど驚かされることもあったそうです。しかし、成長するにつれ今でいうアスペルガー系の自閉症児特有の症状が出始め、小学校の1年間は特殊クラスに通い、その後別の小学校の普通クラスに進みました授業中の騒動は増すばかりでした。さまざまな薬も試し夫の給料が薬代に消える中、苦しい家計の足しにしようと保母と看護師の資格を取得して女子高の保育科で教えていたころ、「走ることが心身に良い」との助言で実さんのジョギングを開始したそうです。毎日欠かさず走り続けるうちに授業にも集中でき、暴れることも少なくなったものの…澄子さんの悩みはほかにもありました。実さんは末端筋肉の発達の悪さから字が変形してしまったのです。このままでは筆記試験に通らないと将来を案じていた時、フルブライトの研究員としてアメリカに滞在した経験がある友安さん「アメリカなら障害があっても義務教育を受ける権利がある」とアドバイスをしました。澄子さんの迷いがその言葉で消えたのです。
d0140135_14423892.jpg半年間で渡米の準備を整えた1960年8月、夫婦の預金や退職金を合わせてやっと買った片道分の渡航チケットを手に、横浜港から出る移民船「あるぜんちな丸」に乗船し、13日後、ロサンゼルスに到着しました。メリーランド州に居を構え、実さんと二人の弟妹は近所の小学校に通い始め、実さんは1年間絵を描く日々を送りながら英語を耳で覚えました。中学に入ったころからいじめに遭い、そのたびに物を壊して呼び出された澄子さん。それでもワシントン市内の小児病院で診察を受けると、「知能指数は135、極度の近視と難聴を伴う軽い頭脳障害はあるが、素直で優しい性格」との結果が出た。もともと理科系が得意で気象学者にあこがれていたことから高校卒業後は大学で物理学科を選択。さらにマサチューセッツ工科大学大学院に進みました。そんな実さんの成長に一安心した澄子さんは、「今度は私がお返しをする番」と思い立ち、まずは自分が成長しなければと56歳でオハイオ大学に入学し心理学や特殊教育を学びました。60歳で卒業すると青年学級や職業指導施設でボランティア活動を開始しました。同じころ日本の知人から「アメリカで福祉を学ぶ機会をつくってほしい」との手紙が寄せられたのを機に、1985年、国際福祉交流プログラムを発足しました。ちょうど、友安さんオハイオ大学を定年退職、実さんは修士課程を終えたことから澄子さんも帰国。実さんは筑波大学の博士課程に進みました。国際福祉交流プログラムは現在、日本アメリカオーストラリアに支部を持ち、日本の会員は約30人。3国間をまたいで学びたい人を支援し、福祉や介護などの情報を交換しています。昨年、澄子さん『実から学んだ私の半生』と題した本をまとめ、英語版もこのほど発行しました。「あっという間の人生。でも実がいたから私も精いっぱい生きられた」と振り返っています。実さんは今春、気象研究所を定年退職し家族3人の静かな日々をおくり、出かける機会は減ったものの、友安さんの助けを借りながら海外とメールをやり取りしてプログラムの活動を支援する澄子さん「上り坂も必死ですが、下り坂の時の方が学ぶことは多い気がしますね」…と。人生、生涯チャレンジだな、と元気づけられました!私も頑張る!
------------------------
d0140135_3454225.jpg★いばらき「うまいもんどころ」プレゼント★
商品:(新米)常陸太田市産こしひかり「みずほちゃん」 一袋5kg入り
当選者数:2名 応募期間:10月15日~10月25日 →GO!

------------------------------------------------
★夢工房 年賀状印刷〜年賀状・喪中はがき・年末便り〜(豆知識)
------------------------------------------------
※くーちゃんへのお問い合わせ・ご注文はこちらからどうぞ(^-^)
[PR]

by isao1977k | 2010-10-24 03:46 | 茨城県 | Comments(10)
Commented by gigen_t at 2010-10-24 06:04
 素晴らしいことですねー、 胸 打たれます。 後でジックリ 拝読します。
Commented by barber-mary at 2010-10-24 07:34
誰にでも出きる事ではないけれど、人間は、与えられた環境の中で、
様々な選択肢を模索しながら小さな努力を少なからず、重ねているものだと思います。
Commented by ぱせり at 2010-10-24 08:10 x
世の中すごいヒトも いるんですねー

身近なところに 子供に発達障害と分かっても 療育に無関心な親御さんも居るんですよ…
この取り組みの心の違いは なんなのだろう と 思います…
Commented by 「せ」 at 2010-10-24 13:00 x
人生も
仕事も

あきない(商い)
あきらめない

ことなんですね(。・_・。)ノ♪
Commented by idea-kobo at 2010-10-24 13:28
びっくりじゃあ 世の中偉か人 おるんじゃのう

ワシも生涯チャレンジじゃあ、頑張らにゃのう。

Commented by megumin321 at 2010-10-24 15:51
凄いです・尊敬します~・・  子供さんの個性を本当に尊重して・・  生涯をかけて・育てる・・  本物の親ですね・・  そんな親になりたいです~・
日本の世界中の人々の親そのものだと思います~・・  
Commented by pckago at 2010-10-24 16:36
人から受けた分、今度は。。。。なかなか真似が出来ませんが
とても良いお話ですね^-^
その様に人の(和)が出来て行けば争い事など起こらないでしょうが。。。。
Commented by KINGshirotan at 2010-10-24 17:02
こんばんわ
今日から冷え込んでいます
お子さん
自分の子供は宝物ですね
真の親の姿を見た気持ちになりました
Commented by suzu1944 at 2010-10-24 19:44
素晴らしい母の愛ですね。
その事が日本では出来なかった事は残念に思います。
Commented by pcs4kagayo at 2010-10-24 22:11
『今度は私がお返しをする番」・・・とっても心に響くお話です。
ありがとう。私には到底出来ない事です。
いっぱいの御恩を受け、この歳まで生きてきましたが、お返しは何にも出来ませんが、まだこの先皆さんに甘えて生きていきそうです。

今日くーちゃんからのお菓子が届きました。いつも心遣いしていただき
何とお礼を言っていいのか、・・
私をいつも守ってくれている亡き二男にお供えして早速いただきました。
美味しかった~~、御馳走様でした。
カレンダーとっても皆さんに喜んでもらっています。私はくーちゃんのお陰さまで鼻高々になっています。(*^_^*)♪♪ルンルンです。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード


<< おお!自然薯がカレーに!      大工さん工事(骨折プレート撤去... >>